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冷静と失禁の間

アンハッピーセットのオマケは幸せな夢を孕むのか?

『怒り』感想

映画 感想


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脚本について、テーマがはっきりと見えてこなかったので、あんまりうまくまとめられているとは正直思えなかった。

綾野剛は心臓の病気で体が弱いのに男とセックスを死ぬ前までし続けるし、心臓が弱いのに大丈夫なのかよ……となってしまう。そして最後に公園でネコのようにの垂れ死ぬ。(掘られていたので文字通りネコであった。)

 

作中で『信用』という言葉が頻繁に出ていたが、尺の関係なのか、中途半端で掘り下げられていなかったので、詳しい性格や背景まで見えてこなかった。

 

そして何よりも印象に残ってしまった、広瀬すずがレイプされるシーンは本当に見てて泣きそうになった。

今までの広瀬すずのイメージは、若さもあって清純さであったが、『怒り』での広瀬すずは、清純のイメージで固められた広瀬すずのファンがどう思うのか。冒頭で、広瀬すずが砂浜をかけていくシーンは、その清純のイメージをそのまま描いているようで、中盤からの展開とのギャップがありかなり気分が悪くなる。この作品をきっかけに新しいタイプの役を演じられる機会に繋がるような傑作であったら良かったものの、言葉通りの体当たり演技で、演技力とは関係ない面の主張に感じられた。ただ、広瀬すずは清純キャラを演じているが、こういったジャンルも対応が可能ですと提示されているようで、この役を演じて、かなり精神的に不安定になったのではないかと、見ていて心配になる。(ここで今敏の『パーフェクトブルー』で味わった胸くそ悪さがふっとでてきた。『パーフェクトブルー』のヒロインの感情の事で作品の内容についてではない。)

 

こいつは簡単に騙せるぞ、と見抜けても、それは簡単に信用してくれることではない。むしろ、他人を信用できる、その真っ直ぐな純粋さに、男は殺されたのかと思う。少年の心と、たまたま知り合った汚い男の悪意とのふたつに挟まれて、ただ叫ぶ事しかできないうら若き少女の、解消しきれない気持ちはどうなるのか。それは本当に、怒りという感情に収まりきるものなのだろうか。

夏休み

動かないと時間が止まっちゃう~~~学校行かないと自分で進めない~~~~感覚がマヒしてくる。夏休みがずっと続いたらいいのになあって思えたのは進めてたからなのかもしれない。空白の時間があればあるほど、自分以外に集中できなくて、自分の事なんて、考えれば考えるほど、具合が悪くなってくる。空白の時間に考えられるほかの人の存在がほしかった、向き合ってる時だけのリアルじゃ物足りないのかもしれない。でもやっぱ対面が一番情報量が多いので、心地よくつらい。いろいろ予測して疲れて、自分の事を考える不安から逃れたい。自分の事をいくら考えても、詳しくなったと思っても、宇宙空間位の自意識に肥大していくだけ。宇宙の事を考えると、その途方もなさに、当然具合が悪くなるみたいに、当たり前にみんな具合が悪くなると思う。

6月

深夜一時にチャリンコ走らせて、ファミレスに向かったわたしを、いいぞ!いけ!とヒュウヒュウ、追い風が背中を押す。

向かい風は静けさを纏っていた。

ここで冷静になれたら青春じゃないもんね。

わたしは向かい風を切って進んでいく。霊時過ぎの背徳感。
ファミレスには君が待ってる、眠そうな顔をした君が。

どうしても会いたいとお互いに素直に言えた頃のわたしたちが待ってる。

だから絶対迎えにいかなきゃいけないんだ。
わたしから。

『君の名は。』感想

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 ちょっと時間がたってしまったけど、メモ程度の感想を残しておきます。

わたしが観賞したことのある新海誠作品は、『ほしのこえ』、『秒速5センチメートル』、『言の葉の庭』のみで正直そんなに詳しくないです……。『星を追うこども』は挿入歌かテーマソングが結構好きだった覚えがあるのにもかかわらず未だに見れていない。

 とくに気に入っているのは、代表作とも称される『秒速5センチメートル』です。オタクなので。

 

 

 秒速の好きなポイントは、学生時代の初恋を、空白の期間があったのにもかかわらず、主人公がずっと一方的なまでに引き摺っているところ。あと、あのオチ。見事にオタクに寄り添っていない終わり方。そこで結ばれちゃったら、本当にご都合主義だと感じてしまうところで、苦い恋愛に落とし込めて本編が終わります。しかし、昔好きだった人は、今僕の事を覚えていたり、うんぬんって、そういうことを想像するのは、けっこうよくあると思うので、わかる!切ない!って同じように思った人は多いんじゃないでしょうか。

 

 よく考えると、新海さんの作品での舞台や背景がきれいだったりするから、なんか良い雰囲気、センチメンタルな思い出、映像、美しい話……ととれてしまうだけで、実際、わたしたちはアニメ顔でもなければ、あんな幻想的な風景に住んでいるわけでもないので、現実で、あの主人公くんのように物を見ることは許されていないと思います。そういった意味で、初恋にいつまでもしがみついてる人はあまりいないのかと、どこかで理解しているはずです。だから、作中で、気持ち悪くない初恋の、純粋にきれいな部分だけをうまく抽出して、映像化できているところが好きでした。

 

 この、気持ち悪さが本来伴う感情のきれいなところだけを、良いとこどりしている作風は『言の葉の庭』でも同じなような気がします。オチは秒速と打って変わって、ハッピーエンドだったり、主人公が教師にいつのまにか惚れていて、実はお話自体はそこまで好きではないです。展開が早い、好きになるのが早い。すぐ好きになっちゃう。それでも、秦基博さんが歌うエンディングテーマの『rain』は、雨上がりの爽やかさがあって今でもよく再生しているお気に入り曲だったり。

 

 といった印象(マイナスなのかプラスなのか複雑さがあるもの)ばかり持ってしまって、新作の『君の名は。』を鑑賞。

 やっぱり秒速が好きだった自分としては、ご都合主義なところにやっぱりウーンとなってしまう。尺も事前に調べてみると結構な長さがあったので、キラキラな世界にあてられ、体力が持つかどうか心配でした。オタクなので。

 

 長い尺の中で、特に一番盛り上がったなあ、と感じたのが、入れ替わり生活が始まり、お互いの体にメモったり、ブログをつけていって、挿入歌入る流れ。ここは一気に引き込まれました。しかし、テンポの良さを感じたところで、バイト先の先輩とのデートを三葉ちゃんが取り付け、その後に入れ替わりが起きて、三葉ちゃんが鏡を見て泣いている自分に気づく、ここでなぜか突然主人公への恋心がはっきりと描写されます。

 瀧くんも瀧くんで、美少女のおっぱい揉み放題だったし、年頃の男の子がそれでドキドキしないわけもないだろうし(先輩に対してはあんなに奥手だったのにいざ入れ替われるようになってすぐにおっぱい揉み始めるし。ギャグなんだろうけど、ここだけ妙にリアルな下心で若干引いた。)、そういったこともあって、顔がよく、女子力も高いハイスペックなそうどこにでもいなさそうな三葉ちゃんを好きになるのは当然の流れであると思う。

 それでも、唐突な展開に、え!?なんで!?と一瞬パニックになって、そのあとはもう、掌にペンで「好きだ。」とか渋いことを書いてしまう始末。さすがに寒い。というか、名前を忘れてしまうってわかってるのなら即座にメモれよ!就活で死ぬぞ!と一人でツッコミを入れていたら、エンディング直前で就活がうまくいっていない主人公が描かれてかなり笑ってしまった。

 

 前半であれだけお互いがどこの誰であるかという情報を共有できるように工夫したのに、後半で全く活かされていない。悲しい。そしてあたかも秒速のオチを再現しているかのような展開、しかしハッピーエンドにガックリきてしまいました。そもそも日常生活で「名」ってあんまり会話で使わないから違和感がすごい。「あなたの名はなんですか?」と人に尋ねないし。「名前はなんですか」ならシックリくるけど。「彼の名は?」って言わないから余計にしっくりこない。your nameにすると違和感が払拭されるが日本語だと畏まり過ぎている。

 

 良かったところは大衆にうける話づくりができていたところだと思います。あと前半のテンポの良さなど。文句ばかりつらつら述べてしまいましたが、苦手だったポイントが秒速でよかった点なので、全く関係のない作品としてみたら、つまらない作品ではないと思います。

 しかし、今後、秒速のような作品を作ると、ここで得たファンから批判されそうで、もうあの切なさは帰ってこないのかと思うと、これまたホントに秒速でわたしたちがあのオチで感じた感情くらい切ないですね。新海さんは、もうどこか違う世界で、過去との決別をして新しい世界で生きてるのかと思います。

 ああ、好きだったんだなあ、新海誠。わたしにも秒速の主人公くんと同じような気持ち悪さが芽生えた瞬間でした。オタクだ。

見せられないヨ!

はてはて。誰にでも見せられるわたしってなんだろう

R18の映画みたいに、自分の消費に対して年齢制限をかけたい

R15はもはや、20歳以上の人たちからは消費できない自分とか、新しいルールがほしい

 

おこさまランチは小学生以下だったり、指定されてなくて本人の認識の問題だったりする

新婚夫婦のお弁当の中に潜むタコさんウィンナーと、子供と食卓を囲む家庭の皿の上のうさぎさんリンゴの深い溝

 

年を取っても0.1.2.3.4.5.6.7.8.9.10...20歳だった頃のわたしを内包している、だから幼児退行なんてほんとはウソだよ、それはほんとうにそれぞれのわたし

 

ミルキーの包装紙に10人のペコちゃんを見つけられたらラッキー!ってそれ大人はわざわざ見つけようとしないからアンラッキー

 

21人のわたしを鍵アカウントにしてしまう

 

 

推薦された子、されない私

小中高の成績通知のときに100000000回くらい言われた『キョロキョロしている』『話を真面目に聞いていない』という言葉にありえんくらい傷付いてるしそんなつもりないのに誤解を招く行動を100000000回くらい取ってるらしい。

今でも本当によく覚えているのが体育館でダンスの練習していたとき。

練習中に突然音楽が止まったかと思えば一人の女の子がわたしに向かって真っ直ぐに歩いてきて、「お前が真面目にやらないから周りが迷惑してるんだよ、真面目にやれよ」と言って、わたしは真剣にやっていたつもりなのにただ、「ごめんなさい。ちゃんとやります」しか言えなかった。30人以上の知り合いがいるなかで怒られて、それからダンスも嫌いになった。

今思い出しても、わたしはそのときなにかミスをしていたとは思えないし、絶対に、クラスで出来損ないの同級生を指導してリーダーシップを取っているつもりの雰囲気を出すための道具にされていたとしか思えない。

もう21年も生きているがわたしは大体どの集団にもいる、出来損ないのノロマの優秀な人間を引き立てるための役を続けている。

あのとき私を叩いた人も見事、遭遇したノロマに罵詈雑言を吐くことによって素晴らしいリーダーシップを発揮し、見事推薦を勝ち取った。

一方でわたしは、引き立て役としてズルズルと生きて今も何とかグズグズしながら社会にしがみついている。引き立て役もここまで続けた甲斐があったと思う反面、続けた果てにあるのが松○病院とかでないことを祈るばかりだ。

『シン・ゴジラ』感想

感想 映画

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ごちゃごちゃした会議や決まりに則って許可を得て、作戦を立てて、ゴジラの動きを止めようと奮闘するが、ゴジラは人間たちのめんどくさいやり取りを無視して全てを破壊していく。それでも抗おうとあれやこれやと策を練るが……というあらすじ。

一応、ゴジラが何をエネルギー源にして活動しているのか、などは劇中で明らかにされた。
しかし、ゴジラが破壊していく中で生活している人たちがあまり描写されていなかったせいか、突如全てを台無しにされる気持ちに入り込めなかったかも。
国民がゴジラによる一方的な被害に取り乱していく様子は、ゴジラが来て、とりあえず逃げ出すというシーンでしか伺えなかった。

全体的に、エヴァQの時に同時上映された作品を、尺をのばして見易くしたような内容だった。
林原めぐみの朗読もあって詩的な雰囲気があって、あれはあれで好きだったけど『シン・ゴジラ』ではそういった雰囲気は一切無い。逆に無かったからこそ、セリフが増えてみやすくなったのかもしれない。それが、結果的に良いのか悪いのかは人によるかと思われる。

個人的に見所だと思ったのは、ゴジラが街を停電させたシーン。街中の雰囲気が何となく好きだったのと、その後にとにかく物を破壊していくシーンは爽快感が伴う。あとは電車での反撃など。(ネタバレを避けたいので曖昧な表現)
停電が好きなのは、街という不自然な作り物が不必要に照らされていない、かつてあった本来の夜を一時的に取り戻しているからであり、わたしがただ停電を魅力的に思うだけな部分が大きい。

エヴァという大作に集中し続けているより、やっぱりこういう創作という形で少しずつ発散して気を紛らわすことも大事なのだろうと思う。
長い時間、それも期待も大きい、ひとつの作品に向き合うのは大変なんだろうなあ。
庵野監督なりの息抜きになっている作品だったのかな……。
より一層、期待や心配の声が高まる中、同じように首を長くしてエヴァの続きを楽しみにしております。

それでも作品を作ってくれることは、わたしにとっては、内容はどうであれ、創作の意思が見えて、Q以降の空白の期間で高まった不安は少し紛れました。
一方で、無沙汰は無事の便りとも言えてしまいますが。