冷静と失禁のあいだ

死ぬまで踊り続けるマグロさんの話

5/31の夢メモ

夢の中で私は金髪ロングの幼い少女で、ベッドの中にいた。恐らく病気を持っていて、少なくとも体が弱い印象があった。ボーっとしながら、ベッドから部屋の正面にあるドアを見つめていたら、突然、ガチャ、と音を立ててドアが開いた。少女(私)の兄だと思しき人物が部屋に入ってきた。彼は部屋に入るやいなや、すぐさま私のそばに駆け寄り、私の頭を撫でて、持ってきたくれたご飯を私の口に入れ、咀嚼している私の口にペニスを口に突っ込んだ。二人は近親相姦関係にあるようだった。少女が挿入を求めると(求めてない、私は少女を通して夢の内容を追っている)、次に父親と思われる人物が部屋に入ってきた。

勘の良い父親は、私に近づくと......(ここで書くのをやめたので内容が思い出せない)

回転寿司みたいな好き嫌いに不安を覚える

ひどく健常な人だった。少なくとも私はそう判断した。もちろん、ひどく健常なのは私ではなく、相手の方だ。別に私が絶対に健常でないわけではない、私と相手と、比べてみて相手の方がちょっと健常の度合いが強かっただけだ。

健常には一貫性があった。一貫性があるから健常なのだ。健常は円のようだ。くるくると同じレールに沿って思考が回転し続けられる様式を健常だとたとえる。回転寿司屋で回ってくるものが寿司だけじゃなくて、プリンやケーキといったデザートでも受け入れてしまう、だから重要なのはレールの方なんだと私は思う。

相手は一貫してくるくると回るレールに沿ってモノを見ている、そしてレールにモノを流す。思考の速度が一定でなくても、様式が決まっていれば、それは健常だ。

相手の健常の度合いの強さに意識が向いたのは、お互いの好きなものについて会話を繰り返していた時だった。

Aもいい、Bもいい(名前に意味が無いと思ったからあえて挙げない)あとCもいい、と相手は喋っていた。

私はその羅列から好きを感じなかった。本当に相手のことを「あじ、いくら、サーモン」みたいにポンポンと流していく回転寿司屋だとしか思えなかった。私が適当に「ツナ、ハンバーグすき」って言ったら、相手はツナとハンバーグもいいねって回転寿司屋なのに本当にツナとハンバーグをネタとして採用してしまうくらいだった。

お前は本当は何も好きじゃないし、何も嫌いじゃない。

ただ決まった思考のレールにモノをひたすら流しているだけなんだ。お前は回転寿司のレールに寿司に紛れてたまにデザートをおいているだけだ、所詮好きなんてこういうものなのかもしれない。なにこれ!なんか寿司に紛れてウマそうなスイーツ出てきたんだけど!と人に思わせるためにデザートを置いているだけだ。ちょっと人の気が引きたいだけなんだ。試しに食べてみちゃおうかなって、寿司の味もスイーツの味もよくわかってない他人につつかれたいだけなんだ。つつかれるためのネタに過ぎないんだ。

レコーダーはじめました。

ぼーっと窓のしたでタオルケットに包まれながら、外の音を聞いていると、だんだん自分がレコーダーなんじゃないかって思えてくる。

ブーンブーンと鳴るエアコンの音とか、虫の羽音とか、鳥が羽をばたつかせて飛び立っていく音とか、車の音とか、雨音とか、タイヤが水を勢いよく弾く音とか、風の音とか、近所のおばさん同士の会話だとか……。そういう、偶然の産物でしかない無価値な音を記録するためのレコーダーなんじゃないかって。

ただ意味のない音を記録するレコーダーなんじゃないかって。

6/18

眠りが浅いので、頭痛外来でもらったテルネリンを毎日飲んでいる。これを飲むと、パソコンで言うところの強制シャットダウンみたいな状態になり、全く動けなくなる。よく眠れるというよりかは、気絶に近い状態になる。風呂に入る前に服用したら危険だ。怖いけれど全く眠れないのでしょうがない。

梅雨に入って日中の眠たさが半端でない。かなり具合が悪い。

古本屋のネット通販にたまたまガロがあったので注文してみた。本当はねこぢる特集(1992年6月号)が欲しかったのだけれど(これを最初に読みたいと思っていた)あんまり見かけないもんだから、とうとう痺れを切らしてねこぢるとは関係ない97年4月号と7月号、98年4月号を購入。情報量の多さというか、ビッシリと埋め尽くされた文字の小ささに驚いたし、面白いと思えるものがあった。

 

全然関係ないんだけど、小学生くらいの時に聞いた音楽があまりに素晴らしいものに感じられ、「これ以上綺麗なフレーズなんてないだろうなあ、この先は絶望的だろうな」と当時ぼやいてたんだけど、そうでもなくて定期的に「これ以上いいものはない!」って思えるものがちゃんと発掘されるなり発表されたりしている。音楽に限った話じゃなく。でも、これはこれで本当に絶望的なことなんだよ。

 バベルの図書館を読む度に感じる絶望感に似ている。

でもきっとまだまだ知らない面白いものも沢山あるし、沢山あるんだろうなってことにワクワクしつつも発見できてない自分のレベルの低さに憂鬱になる。今日も憂鬱になっている。

6/14(午後)

バイトの時間だ、化粧しなきゃと思って鏡を見るとボロボロ涙が出てくる、出てくる。ひとしきり泣いて紅茶を飲んで落ち着かせてからまた鏡の前に立つと反射的といってもいいくらいにまたボロボロと垂れてくる。でも比較的理性的な人間なので真っ赤に腫らした目でバイトにはちゃんと行く。バイト先で泣いてしまったら『トイ・ストーリー3』見たら涙が止まらなくなったとか嘘をつこうと思った。今はとにかく無気力だからうまく嘘をつける自信がないんだけど。

6/14

ふいに無気力になって死についてぼんやり思考を巡らせていると涙が止まらなくなり、バイト先で泣いてしまった。

電車かもしれない

バイト先の駅周辺で割と自殺がある。地下なので血と肉の臭いが地下鉄独特の湿気に溶け込んでいるのかと思うとゾッとする。もともと電車が凄く苦手で、一駅ごとに降りてトイレ行って一人になり、心を落ち着けてからまた電車に乗りなおして目的地に向かう……そんな感じのことを繰り返して頑張って出かけていた。あんまりにも具合が悪くなりやすいのでとりあえず朝起きたらヨガして体動かして豆乳を飲んでヨーグルト食べてビオフェルミン飲むようにしたらちょっとマシになった。

でも、人身事故みたいな予想外の事が起きると、また具合悪くなって気持ちが悪くなり、さらに混雑で人酔いしてまた具合が悪くなる。暑さ、周囲の乗客の苛立ち、死の名残の重々しさが車両全体を包み込み、気分の悪さが尋常じゃない。急停車してサイレンが鳴った電車を面白がって写真に収める人間もすごく怖いし、「人身事故なう!」と映像に残す気持ちも理解の範疇を超える。一体人はどこまで残酷になれるんだという可能性を感じながら、実際、黄色い肉のぶつぶつ(脂肪?)が混じった水っぽい血液を見ていると、知らず知らずのうちに「アー」と呟いている自分がいる。