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冷静と失禁のあいだ

アンハッピーセットのオマケは幸せな夢を孕むか

とんかつは豚の死体

『にゃーんだ とんかつって豚の死体だったんだあ』

ねこぢるの漫画で見かけた一言。
わたしはこの一言のおかげで以後豚カツを美味しく食べられなくなったので皆様にこの気持ちをお裾分けしたいと思って記事にさせていただきました。

それで思い出したのが、卵系の食べ物。
どうしても苦手で、いくらとかたらことか食べれない。何がどうダメかというと、もはや見た目からである。
まずなによりも、卵であるという事実。そして、あの緻密に、規則的に、ときに不規則に並べられた丸い集団であることからもはや受け付けられないのだ。

あなたが今、いくらを食べてるとしよう。ああもうこの時点で吐き気を催す。
いいかい?いくらは卵である。卵とは生物だ。君は生物を口にしている。君は生物を口に含んでいるのだ。口いっぱいに、生物をほおばっているのだ。恐らく、生き物になろうとしていた卵たちをあなたは咀嚼するだろう。長年を共にし続けてきた、そしてこれからもお付き合いいただくであろうその強力な歯で噛み砕き、命の死体の美味さに呼び起こされた唾液がその死体を包み込みあなたの胃までお伴するのだろう。
ああ、恐ろしいなんて恐ろしいことだ。あなたの歯や舌の間には命になるはずだった卵という生物の無残な肉片が詰まっている。あなたの歯と歯の間で、目や耳、心臓を作るはずだったものが詰まってしまっている。
私は卵を見た瞬間、こういった思考に至る。もうだめだ。
神聖なる食事の後、次々に食事の感想を口に出す人々。咀嚼する口許を手で覆いながら、遠慮がちに感想を述べる。その集団の中にいる、あなたや無邪気な子供も「おいしい!」とほほ笑む。
わたしは、「よかったね」と同じように微笑み返す。無邪気に笑う君の歯の隙間にある生命の肉片が、もしかすると目なのかもしれないそれがわたしの方をじっと見ている。
生命は何も答えずにじっとしている。当たり前だ。死んでいるからだ。生命の時間は停止してしまっている。あなたの口の中で。
そこで、私は黙って爪楊枝を差し出す。誰に向けてか。もちろん、あなたと、卵にむかって。
あなたには爪楊枝、卵には墓標として。