冷静と失禁のあいだ

死ぬまで踊り続けるマグロさんの話

阿呆、このセンチメンタリズムめ

ほとんどの人間が


あー…


という言葉に一日の全てを託している。そして近況、おきた出来事をこの短い溜息に詰込んでいる。

わたしが、あー…と言ったあとに省略している文章は以下である。

あー…
もういますぐ何もかも投げ出して地平線の果まで草原が続く場所で寝転がりたい。そよぐ風が草を揺らすなか、時折強く吹く風が気だるさやくだらない悩み事なんかをかっさらってしまえば、どんなに気が楽か。

そんな中で洒落たセンチメンタルな音階を刻むギターとか聞いちゃったりして人間のクソさについて果てしないはずの空を覆い隠す雲に相談したい。人間のクソさなんてとうにしれたことだろ見飽きたわボケ、貴様らには穴倉でウホウホ言うのがお似合いじゃアホ、とばかりに不完全な雲はわたしにゲリラ豪雨をかましてくるかもしれない。それでも両手足をぴんとのばして、伸びをしたい。

今現在わたしがあー…と言ったら以上の文章が語尾から省略されているという訳だ。


さて、感傷的な自分を味わったあとに訪れるのは感傷という心のオナニーを終えたあとの賢者タイム、付き物よ。
現実がぐさぐさと突き刺さる。オーディオが再生するトラックを無くしたあとの無意味な虚無感。

レコードに針を立てるみたいにわたしも現実という針を刺されながらクソヘボ人生と高尚そうな響きを持つ御託をならべては抽象を形成し、語り、四六時中大音量で奏でている。こんな音痴で不器用な音楽を好む人はいるのかどうか。


どういうわけか、今日も世界に音楽は鳴り止まない。