冷静と失禁のあいだ

死ぬまで踊り続けるマグロさんの話

喫茶店にて

少しだけ背伸びして、一人でオシャレな喫茶店に立ち寄った。

わたしはそこでブラックコーヒーを啜っていた。オシャレな割に、コーヒーはマクドナルドの珈琲みたいに、薄くてお湯に近いくせに高級感を出そうと無理に苦味を引き出したような味だった。

休日の店内は、平日の仕事や学生生活のあとにやっとの休日を迎えて、腹いせに無駄に高いブランドものの買い物をしてきて、歩き疲れて休憩にと立ち寄ったかのような客でいっぱいだった。そのせいか、床に置かれたデパートの買い物袋が道を塞ぐ光景は珍しくない。

テーブルには、紅茶とぎっしりと英文が書かれた紙と使い古されたひと世代前の多機能じゃないモノクロ電子辞書。どうでもいいけど、わたしは新しい多機能でカラフルな電子辞書の動きの遅さに苛立ちを覚えることが多かったので、古い電子辞書を見て少しだけ親近感を覚えることができた。

女子大生と思われる人物は、茶髪に、巻き髪、不機嫌そうな表情を浮かべていた。丁寧に施されたカラフルなネイルアートを施した指先が、慣れた手つきで何回もスマートフォンの画面を弾いていた。彼女は私にとってガヤの声の1人だった。

 

「また、彼氏と続かなかったんだよね」

「ふうん」と、彼女の友人と思われる、同じく女子大生のような風貌をした子が彼女のテーブルの向かい側でそっけない返事をした。5秒ほどの沈黙のあとに、「どのくらい続いたの?」と続ける。

 

「三か月、かな」

 

「けっこー続いた方じゃないかな、というか、平均的でいいじゃん。あたしなんて一か月とかあるよ。まあ、理想は半年かな。半年続いたら長いほうだよね」

それから彼女たちは片手でポテトフライをつまみながら油まみれの手で再びスマートフォンを弄りつつ、恋愛とは云々という会話に花を咲かせていた。

 

唖然。

平均とか、あるのか。まあ、そりゃあるか。

平均、という言葉に驚いている私がいた。

恋愛という状況を端的に言ってしまえば、二者間で友情以上の深い関係になる、という説明で十分だと思う。

友情を築くことは、人によってはいとも簡単なことであるかもしれないが、私にとっては非常に難しいことのうちの一つに入る。

相手との距離感、友人ひとりひとりに、その相手に合ったちょうどいい距離感を作り上げていくのは非常に難しい。距離を取るためには、まず、その相手をある程度理解しなければならないからだ。それから、少しずづ一番心地のいい距離のポイントを時間をかけて探していかなければならない。

勿論、どうでもいい相手ならば、近づこうとせずに、一定の,、不快と思わない長距離で付き合っていけばいい話だが、親密な関係を築きたいのなら話は別で、必然的に近づかなければならなくなる。相手を知りたいと思うからだ。

恋愛は友情以上の関係とするならば、同じようにこのやり取りの難易度も上昇することになる。

はて、これをたった三カ月でするとなると。

逆算的な思考で考えてもおかしいと思うのは私だけか。

好感度を数字に置き換えて考えるとなんだがギャルゲーや乙女ゲームを想起させてしまうが、現実世界はギャルゲーや乙女ゲームと違って毎日イベントが起きては『○○との親密度が1上がった!』とか『個別√に入るまでの攻略チャートだよ!』とかそんなご丁寧な説明がつくことは絶対にない。

 

貴様ら女子大生は策士か

 

という結論に至ることになってしまう。

 

何が言いたいのかよくわからなくなってしまったのは眠気のせいにしたい。思考が纏まらない(今現在AM5時過ぎ&寝てない。寝てないのはデッドスペース無料版のインストールに八時間かかっているから。そろそろ怒りを覚えるぞ)

 

ようは、そんな短期間で自分以外の人間のことが理解できるわけないでしょってことで。

いや、もしかしたら、もしかすると、彼女たちには『恋は戦争』という曲のタイトルにある通り戦略を立てて着実に短い期間でフラグを回収して√回収をすることができるのかもしれない。おそらく前世はきっと戦時中前線指揮をとってで活躍したのだろうよ。

経験が浅い私が恋愛はこうだ!とか語る資格なんて全くないと思うが、たった三か月で人を判断するというのは間違っているように感じる。 

 

「彼とは考え方が合わない」

「浮気された」

「顔が好みじゃない」

「めんどくさい」

 

別れる理由は様々人それぞれだと思うが、もう少し時間をかけて人を見る癖をつけるべきじゃないだろうか。

少なくとも、友情以上の深い関係をその人と作り上げていこうと思って『恋人』になったわけで、そのこと自体も自分自身が選んだことなのだから責任を持つべきじゃないかと。 そしてなりより、途中で投げてしまいたくなるような人を選んだ自分をまず責めろよ、と。

何とも言い難い、モヤモヤした気持ちを抱かずにはいられなかった私は、落ち着くためにもう一口コーヒーを口に含んだ。冷めたコーヒーはただのにがい水だった。まだ、カップの底が見えないほど半分以上『苦い水』が残っているのを確認してしまうと肩を落としたい気持ちになった。それに少しの同情を覚えたことを否定はしない。

私はコーヒーをゴミ箱に捨てて、たぶんもう二度と来ないであろうカフェを後にした。