冷静と失禁のあいだ

死ぬまで踊り続けるマグロさんの話

命短し竹下通りを行けアダルトチルドレン

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去年の四月くらいに大学に入学して、初めて飲み会と言われるものを経験した時、たしかわたしは暗くて広くて天井の低い、掃除が行き届いてない薄汚い部屋の端っこあたりで一人でウーロン茶を啜っていた。先輩や同輩は酒に頭をやられていて、もともとやられているのかもしれないけれど、別世界に飛ばされたような、幸せそうな表情をしながらコンドームつかみ取り大会かなんかで手に入れたコンドームで遊んでいた。別世界に入っていけないわたしは静かにウーロン茶を啜りながら別世界の遊びを、さらに別の世界から見守っていた。

 

飲み会という行事は非常に苦手で、酒が飲めない私にとっては苦痛でしかなかった。酒が入って1、2時間程度たつと、口を開けば酒臭い口でどうでもいい世間話や人生観を語られるクソ極まりない時間であった。

いや、話をすることが苦痛なのではなく、たいして興味のない人との会話が苦痛なだけで。誰もお前の恋愛観なんぞ興味ねえよ、とウーロン茶をおかわりしまくると決まって尿意がわたしに席を立たせようと急かすのだった。

しかし、飲み会という席は非常に厄介なもので、話題がとんとん拍子に入れ代わっていき、くだらないことでも非常に盛り上がる。一度でも席を立ってしまうと、会話についていけなくなることも多々ある。うかつに自分の席を離れるわけにはいかないのだ。少なくとも、盛り上がっている最中の席に「ただいまハロロン☆(©桜Trick)」と戻って来られるほどわわたしのコミュ力は高くない。とてもつらい。

なので、大学入学当時の私にとって飲み会とは、いかに尿意を感じないペースでウーロン茶を体に蓄えられるか、といった行事でしかなかった。はよ終われや、とばかりに尿意で死にそうになりながら太ももをプルプル震わせてひたすら耐える全く新しいタイプの拷問でしかなかった。あまりに長い飲み会だと、尿意と尿意が齎す殺意に耐えきれず一人で帰ることもしばしばあった。こういうところもコミュ力のなさを感じる上に、引き留めてもらえるほどの存在でないという事実は涙を誘う。改めて、女子大生カースト最下位シュードラに位置する自分の存在を恨み、ゲロまみれの夜の馬場を後にするのだった。

 

さて、そんなこんなで1年が過ぎて19歳になったわけで。ラストティーン、十代最期なだけに重大な年である。ハタチになったら酒が飲めるわけで。ハタチといったら、子供の頃の私にとっては立派な大人であった。だけど、今の私は完全に子供で、ガキである。寝るときはカピバラさんのぬいぐるみがないと眠れないよ!と言って早X年。寝るときはマイスリーレボトミンがないと眠れないよ!が、追加されたのでちょっと成長したと思いたいものよ。(もちろん悪い意味です)ああ、時は短し歩けよアダルトチルドレン

そんな19歳の大人にならなきゃいけないわたしは、年齢に逆行するようにセーラータイプの洋服に惹かれている。ヤフオクを開けば常に、カワイイフリフリのイノセントワールドのワンピースが履歴にあがっている。制服ディズニーしようよ!なんて話もちょっと出た。なんでこんなに制服着たいんだろう、と考えると、まず初めに年齢のことが頭に浮かんでくる。年を取ればとるほど、制服とはどんどん距離が遠くなっていくし、遠くならなければ、離れなければならないのだ。

19歳、子供でいたいわたしは必死だ。大学生で、大人にならなきゃ、と思いつつも、あの、地味でつまらないと嘆いていた制服に収まりたいと心の底から思っている。矛盾が、わたしをFintへ行けと背中を押す。酒の解禁が迫ってくる。飲み会の空気はあの頃よりずっと慣れていた。今は結構気がまぎれるので嫌いよりかは好きになった。でも啜るのは相変わらずウーロン茶。膀胱はたくましくなったようである。20歳、メルヘンババアにわたしはなるだろう。

すでに辛い。