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冷静と失禁のあいだ

アンハッピーセットのオマケは幸せな夢を孕むか

夏は戦場

夏は戦場だ。

低血圧で、か弱い乙女である私は、あまりの熱さで夜は寝られず寝不足もいつもより増して、朝起きることが出来ない。

これが、冬なら鼻から鼻水を垂らすだけで済む。

しかし、夏はそうはいかないのだ。新陳代謝がいい私は、鼻炎で鼻水を垂らすだけに留まらず、全身から汗を垂れ流す。ヒサンだ。女の子の香りがするシーブリーズを使えばいいじゃないかという意見があると思うが、あの手の者は私のような四天王レベルの新陳代謝の良さをもつ者には全く通用しない。勿論、エイトフォーでも全く効果はない。男性用の制汗剤を使わないと、15分ほどで全部汗で流れ落ちてしまう。というか、男性用のですら一時間経たない間に全部流れる。汚い話だ。女子力がない。

登校は戦場だ。

私は毎日、家の玄関を出るとすぐにイヤホンを装着する。イヤホンをしたまま家を出て、大学構内に入るまで絶対にイヤホンを外さない。そう、幻聴対策である。駅構内と、電車の中はとくにヤバい。

しかし、電車~大学までの道の途中で、大学の友達に出会う可能性がある。

イヤホンをつけていても、音楽に集中するヒマなど一切ない。数少ない友達のために、耳を澄まさなければならないからだ。もし、うっかり、声をかけられたことに気付かずに素通りしてしまったらどうしよう、そんなことを考えると神聖かまってちゃんを聞いていようが、大森靖子を聞いていようがエイフェックスツインを聞いていようが関係なしに爆音で聞くことは許されない。音楽を聞いているのにもかかわらずわたしはリラックスして音楽に集中することが出来ない。私は、耳元でタンバリンくらいの音量でなる神聖かまってちゃんを必死になって聞き取るわけにはいかないのだ、そう、私には使命がある。登校途中での声掛けから始まるコミュニケーションのやり取りを全うするという使命が。

登校途中での会話は非常に難しく、大学までの距離を考えながら会話のテンポを速くしたり遅くしたり調節しなければならない。当然、歩く速さも人それぞれだから、そこも考慮しなければならない。大学の門に滑り込んだと同時に、会話にキリをつけなければならない。

だが、幸い、駅から大学までの道のりは短いのだ。話題の数が少なくても、案外何とかなる場合が多い。二人で長時間会話をしているときよりリスクが低い。

それでも、登校中の会話は非常に重要だ。手を抜くわけにはいかなかった。ここで話しかけてきた友達と同じ教室ならば、隣の席に座ることが出来るかもしれないのだ。隣の席に座ることは、一緒にお昼を食べる可能性につながる。一緒に食事をとることは重要だって心理学の500円の本に書いてあった。私は500円を信じている、ちがう、500円の心理学を信じている。

ありがたいことに、夏と冬は会話を切り出しやすい。

「暑いね!」

「寒いね!」

そう、総ての会話はここから始まる。私はそう信じている。これは500円の心理学の本に書いてあったわけではない。私の自論だ。

 

私はイヤホンをしながらいつものように、大学までの道を歩いていた。慎重に外の音に耳を澄ましながら。

トン。

肩を叩かれたような気がして、私は振り返った。

よしキター、ゆんちゃん選手、瞬間的にバットを構える、そして放つ。

 

「今日もアツいね!」

 

そう、普段なら、これで「あついよね~!」という会話が続くはずなのだ。しかし、今回はそうではなかった。なぜか沈黙があった。なぜだ、わたしはカンペキのはずだ。完ぺきのタイミングで暑いね、と言ったはずだなのに返事がない。形容し難い不安に襲われて、おそるおそる相手の顔を見た。

 

 

目の前には、知らないカップルがいた。

朝から手をつないでいやがった。

瞬間、私の頭からは恥ずかしさと怒りと妬みで光化学スモッグが出た。

今日もアツいね。