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冷静と失禁のあいだ

アンハッピーセットのオマケは幸せな夢を孕むか

トイレに筆箱を捨てられた話を話をして思い出した話

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うつ病の友達とカラオケボックスに入って、メンヘラ特有の、あの、唐突に盛り上がったり、急に静かになったりを繰り返していた。あたしもその子も、唐突に自分のトラウマのようなものを話し始める癖があって、チョイチョイそのことでお互いにトラウマを思い出して苦しくなっては、吐き散らすように発散した。

何曲かラブライブ!の曲で盛り上がって、数分、その子がまた唐突に話を切り出してきた。

「高校のころね、お気に入りのコートをトイレに捨てられたの。しかも、トイレの水のとこに、ボッチャン、してたの」

「そっか」と、短くあたしは言った。なんで「そっか」なんて気の抜けた返事をしてしまったのか一瞬、自分でもよくわからなかった。何かぼんやりとしたイメージが頭に浮かび上がりかけていたからだったのか。

「そのあとの事はよく思い出せないけど、廊下に出て叫びまくったことだけは覚えてるんだ、あと、女の髪の毛引っ張ったりした……気がする」

気がする、って、気がする、くせに髪の毛引っ張ったことは覚えてるんかい。そして誰の髪の毛を引っ張ったのか思い出せないのかい!と、心で小さくツッコミを入れてから一秒間をあけて、「大変だったね」と言った。「すごく、辛かった」と言うから、「うんうん」と何度か相槌を打ってはトラウマ体験談を聞きだしていった。なぜ聞きだしたかというと、ぼんやりとしたイメージにトイレ、というワードが付け加えられて、さらにハッキリとしたものに変化しようとしていたからである。

ハッとした感覚はまるでタイムカプセルを発見した時のような感覚に似ていた。長年『それ』を閉じ込めていた、堅くて頑固な、でも繊細な土の中から、友達の話を話半分に聞きながら、心の中でゆっくりと掘り出していく。『それ』に細々と纏わりつく砂のようなものをはらって、『それ』のふたをゆっくり開けると雷に打たれたような衝撃が。

 

コート。コート。コート。

ちがう、ちがう、ちがう。

トイレ、トイレ、トイレ。

白、城。

思い浮かぶ単語を並べていくことは、パズルのピースが埋められていくかのような感覚にすごく似ていた。少しずつ思い出していく。思い出すたびに、胸のあたりが気持ち悪くなっていく。

そう、あたしは赤い。赤いやつだった。

一瞬、明瞭なイメージが頭にパッと現れた。

見慣れたトイレの便器の周りに散らばる筆箱だ。

誰のものか。

もちろん、あたしのだ。

 

 

小学生の頃の話。いつごろかは内緒の話。

あたしはいつものようにランドセルを背負って帰ろうとした。違和感にはすぐ気付いた。いつもより、僅かに軽い。ランドセルの中を覗くと、筆箱がなかった。あたしの筆箱は赤いやつで、けっこう目立つ。おばあちゃんに買ってもらったもので、なかなか高く、ちゃんとしてるやつ。机の中を覗いても、見当たらなかった。念のために机を持ちあげて、ゆすったり、倒してみても出てこなかった。

あたしは廊下を走った。友達と鬼ごっこする時と、遅刻しそうな時以外で廊下を走る経験は今までになかった。焦っていた。どの教室を探しても、どこにもなかった。移動教室で訪れた場所はすべて隈なく探したつもりだ、なのに無い、だとすれば。

ふと、脳裏をよぎる顔。色白で鼻の筋がやたらと通ってる。鼻の高さはまさに天狗。

天狗が私を笑ってる。そこじゃない、と。そんな場所にあるわけないと。

だとしたら、と、トイレに足を運んだ。

私立の小学校のトイレは幸い、それなりに綺麗だった。やっぱりあった。よかった、トイレの床がタイルじゃなくて。その時そう思ったことをよく覚えてる。筆箱が見つかったことよりトイレの床がタイルじゃなかったことに何よりも先に安心した。タイルの床だと水浸しにされたときに、タイルの隙間、一つ一つに水がじんわりと滲んでいて、たまにその水に汚物やら髪の毛やらが巻き込まれていて床を見る度に、胃の中からこみ上げてくるものを抑えるのに必死だった。上履きをはいていても、その床を歩くのが不快で不快で仕方がなかった。

それなりに掃除された床に散らばっていたのは勿論私の筆箱だった。中身は当然の如く、ぶちまけられてた。あたしは、筆箱を誰にも見られないように素早く拾った。ぶちまけられてた鉛筆や消しゴムも全部拾った。

 

帰宅して、すぐにビニール袋の中に筆箱を突っ込んだ。何年か前、このビニール袋を発見した。なんで使い古されてない筆箱が机の奥底にあるのだろう、と驚いた記憶がある。その時は思い出せなかったけど。

 

筆箱も、筆箱の中に入ってた鉛筆も消しゴムも使ってない。あの時のまま、ビニール袋の中に、ほぼ新品の状態でほっとかれている。

筆箱をトイレに捨てられた次の日、あたしは、あたしの筆箱をトイレに捨てたと思われる人物に普通に話しかけ、普段と同じように振る舞っていた。まるで何事もなかったように振る舞った。あたしだけじゃなく、相手も同じように何事もなかったように振る舞っていた。

実際に何事もなかったのだ、と、自分に言い聞かせた。

だって、筆箱をトイレに捨てたことをあいつだって何事もなかったように振る舞ってる。

あたしとあいつだけが知ってる。

あいつも、あたしも、誰にも話さなければそれはなかったことになる。存在しない。他人に話すから、事実になるのだ。あたしだけの中にしまっておけば、それは起きなかったのと同然だ。

こうして、筆箱をトイレに捨てられた話は起きなかった『事実』としてあたしの中で処理されていった。だけど、友達にも話して、さらに、こうしてブログに起こして、起きた『事実』に変えたのだ。

なぜか。それは、もちろん、絶対に忘れない為に、そして、絶対に許さないためにである。