冷静と失禁のあいだ

死ぬまで踊り続けるマグロさんの話

吠えても届かない 感想

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渋谷のアップリンクで『吠えても届かない』見てきましたので感想です。

主人公は愛人の子という境遇で、母親の愛をよく知らないで育ってきた。(実際に監督さんにこの事について伺ったら、お母様の実話だとか)けれど、父親が押し付けてきた高級マンションの一室に住まざるを得なくて、のらりくらり、文句言われながらもいやいやバイトでなけなしのカネを稼ぐ毎日。しかし、ぶらっと歩いている途中に一匹の犬がいた。この犬の飼い主が見当たらないので、自室で飼うことに。次第に犬と仲良くなりつつあるが、ある日突然、家に来訪者が。半泣きで家を訪れた女性は、犬の飼い主であり、町のおしゃれなカフェの経営者である人物。しかし、もう犬を買うことはできない状況で、泣く泣く手放したと話す。なぜ飼えなくなったのか、それは彼女の余命があとほんのわずかしかないからであった。この女性と逢瀬を交わすうちに、少しずつ彼女に惹かれていく主人公。

その一方で、バイト先に新人が入る。険しい顔をした男であった。後日、主人公は彼の顔を思いもよらぬ形で見かける羽目に。親の仕送りとして送られてきた荷物の中に包装紙として入っていた新聞の端にあった記事に、彼の顔が殺人犯の指名手配で取り上げられていたのだった。驚きと共に、インターホンが鳴る。彼だった。主人公は寂しさゆえか、同情か、彼をかくまうようになった。

生活を共にしていくうちに打ち解けあい、親交を深めていくうちに、なぜ人殺しをしたのか尋ねる。すると、不慮の事故であったことが判明した。殺したくて殺したのではなく、守ろうとした女性を助けて不慮の事故で亡くなってしまって、善意でやった行為が、ある日突然、犯罪者として扱われるようになるきっかけとなってしまったと彼は話す。普通に、正義感に惑わされず、見なかったことにしてその女性を見捨てて居れば、彼は犯罪者となることなく、普通の人生を送れたはずなのだ。しかし、彼はその選択を悔やんでいる様子はあまり見られなかった。むしろ、社会に対しての怒りを覚えて居る様だった。

しかし、社会に取って彼は敵であった。警察の手がのびる。時間の問題だったのか、バイト先に彼の行方を訪ねてきた警官が現れる。

そんな、めちゃくちゃな生活にさらに悲劇が。思いを寄せる余命宣告を受けた女性は、胡散臭い『病気が治る神の水』のような商品にすがっていた。主人公は、その水の効果を否定する。しかし、彼女は主人公を拒絶してしまう。

恐らく彼女は水の効果そのものは信用していない。信じたかったのは、水を薦めてきた男の言葉で、「きっとよくなるよ、治るよ」その言葉であったのだ。そういってくれる人が、傍に欲しかったのだ。

信用したい言葉を否定された彼女は、当然主人公を否定した。しかし、彼女は胡散臭い水に払える金を失い、借金をし、自殺してしまう。

自殺の報告をバイト先のオーナーから知らされた主人公はショックを受け、彼女に水を売った男を殺そうと決意した。凶器を手に取るが、手に取れなかった。彼はそういう意味でも『出る杭』になれない人物だった。そんな彼をみた、犯罪者となってしまた男は、彼の代わりに復習を決意するが警官につかまってしまう。だがこの警官は彼の助けた女性の父親だった。彼に感謝を示したが、彼は警官(ヤクザに雇われた?)で、彼には彼の正義がある。仮に自分の娘の命を助けてもらったとしても、自分の正義(仕事)を忘れることはできない、彼も『出る杭』になれずに、自らの仕事を遂行した。こうして、唯一『出る杭』であり、犯罪者であった男は文字通り、頭に釘を『打たれ』殺される。一種の社会風刺にように思えた。

好きだった女性も、男の存在も、何もかも失ってしまった主人公は、一人寂しく黙り込んで、海辺で犬の散歩をする。そこは、好きだった女性と訪れた場所でもあった。

犬は、吠えない。主人公の声も、たとえ大きな声で吠えたとしても、悲しいかな、社会には届かないのだ。

 

カメラワークは稚拙さを感じる部分もあったが、マツムラ監督の哲学や考えがきちんと現れていて、自分はこう思っているんだ、という彼の『声』はきちんと観客(わたし)に届いた。とくに、上映後、舞台挨拶があったので解説もしてくれたのでさらにわかりやすかった。これで面白さが倍増した。

舞台挨拶後に、マツムラ監督とたくさんお話しさせていただきました。色々聞けてとても楽しかったです。ありがとうございました。