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追憶と、踊りながら 感想

感想 映画

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めちゃくちゃ退屈な映画だった、何が退屈かというと、全く展開しないからだ。
ベンゾジアゼピン切れの状態で、見るべきではなかったのだ。
本も映画も演劇も、のめり込めれば問題ない、あとは集中して話を受け入れていけばいい。だが、この作品の構成上、それは不可能な行為で、わたしは、喉が渇いても水を飲めないような感覚に終始邪魔されながら見ていた。
薬物中毒は怖い。
もうベンゾジアゼピン切れは嫌だ。


と言う話がしたかったわけじゃない!!!!!

また話が逸れてしまった、やはりベンゾジアゼピン切れはあな恐ろしい。

ざっくり言うと、ゲイものです。
主人公の恋人がある日事故で亡くなってしまい、残された、老人ホーム(たぶん)にいる恋人の母親の世話を焼くという話。
しかもこの母親が、国が違うから文化も全く違って、西洋人嫌いのために英語が喋れない。
当然、主人公とその恋人が付き合ってることも知らないわけで、というか話せていない様子。
うわー死んじゃってから、お宅の息子さんと付き合ってました!彼はゲイなんです!さようなら!とか言えないし、どうしよう、でも一応好きな人の親だし、ハアめんどくさい〜なんも言えないしない〜黙って面倒見なきゃいけないなんて俺は…
ってひたすら葛藤する。

仮に好きな人と結婚して、うっかりその相手が死んじゃって、ってなったら確かにその相手の親とどう付き合うかは悩ましい問題であると思う。
おまけに、同性愛だからそこらへんもやっかいだし。でも、結婚してもないのに(恐らく)わざわざ面倒を見る主人公。付き合うことに対する意識の強さが伺えるような気もして。いや、男どうしだから、ただの友達ですとか言い訳して、とんずらしてしまえば良いものを何でわざわざめんどくさいとこに突っ込むんだと思うが。普通の異性同士の関係のようなものと変わらない意識を持っていて、敢えてその、普通の人なら同性だから〜で逃げれる部分に向き合うテーマなのはなんとなく新鮮さを感じた。(わたしが、そこまで同性物の作品に触れてないということもあるが〜ちなみに私が一番好きな映画は『シングルマン』という同性物の作品ですが)
目の付け所は良かったと思うけど、母親の考え方、生き方にラストまで持ってかれてしまうオチなのが残念だった。
家族関係には結局、安易に他者が踏み込めない神聖な領域があるのか、「私は、子供を縛っていたのではなく常にそばにいただけ」と言うセリフで締めくくられる。
お前や、お前らの恋人関係やら、ゲイやらの問題以前の話なんだよ、と突き飛ばされてしまった感じがして、えぇーじゃあいままでの流れは一体なんだったのだと考えてしまった。
見ている内に、この母親は自分の子供がゲイであることは把握しているのがわかるが、主人公の恋人がきちんと伝えていたのかについては謎。伝えてたかも〜という曖昧な描写はあったが、明確ではない。
大事な人が死んで、時折急激に寂しくなるかもしれない、それでも残された人達は人生を生きなきゃいけない、残された母親と主人公は、関係は違えど『残された者同士の悲しみ』は、共有することはできた様子。
そう考えると、『悲しみを共有できる相手』であると認識されたのは、主人公にとっては同じような苦しみを味わえるという点で、唯一の救いなのかもしれない。