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『キャロル』を見たよ

感想 映画

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映画の『キャロル』という作品を見て昔のことを思い出してしまった。
わたしも初恋(初めて付き合った人)の相手が女だったから、自分がレズなのかと悩んだりしたが何だかんだ男と付き合ったりしたのでバイなんだと思う。そもそも性差という概念がよくわかってないし。

キャロルは恐らくレズなんだろうけれど(作中に「偽るのは辛い」という発言がある)、子供がいるし旦那もいた。だけど子供をとても愛している。子供ができてもレズを貫く、というのはとても不思議なな気持ちで、個人的には、とても人間味があり、割りと共感できる。この点において、この映画はレズの気持ちを描いてない!という批判が来るのか気になった。実際、レズなのか?と問われるとウ~ン…レズなのに子供を作れたのか…と、ちょっとわからなくなる。

異性を好きになること、は割りとどうでもいいと思うが、同性の性的な部分を信じること、についてはかなり厳しい。
わたしには、男女関係が花と花瓶みたいな関係だと思っている節がある。べつにほかにも言いようがあると思うが特に思い付かないのでこれで説明してみる。

女が花瓶で男が花。花を花瓶に挿す。

花は花瓶にささって飾られるので、単体では飾られることはないが、花自体はとても存在だけできれいだし成立できる。だけど花瓶は使われないと花瓶である意味がない。

花瓶を横に二つ並べても、花瓶であることは成立しない。同性を信じることはこれくらいわたしにとっては難しいもののように思う。
というか難しいし無理だった。
花が挿されてない花瓶は本当に花瓶なのか。

この映画のオチがどうなったかはネタバレになるので書けないけど、キャロルが言ってたように、本当に人生の展開はタイミングが殆どの結末を決めていて、気持ちでやりすごせることは少ない。年齢を重ねていくと段々そういうものがハッキリしていって、取り返しがつかなくなっていくのがわかる。
故に、感情よりももっと本質的な部分について信用し続けられるかどうか、は、性差がわからない程度のわたしの同性愛においてかなりの難題であった。

『キャロル』に出てくる二人が、実際にそうなのか、どうかはちゃんと調べてないのでわからない。調べるべきなのかもしれないが、色々と考えてしまったりしんどくなるので衣装のセンスのよさだけについて考えていたい。

そういえば、その当時のわたしは、好きな女の子と二人で目的なく遠くへ行く旅行をして、ホテルのテラスでお茶を飲む夢を見た。そして、付き合ってすぐに「二人で旅行を行く夢を見たので恋人となると思ってた」と話した。あのときのわたしはかなり精神的な同性愛のイメージしかなかったのだと、今になって痛感する。

その先というのは大変想像しがたい。
同じ方向を見るのは不可能で、せいぜい見つめあって終わる、それで丁度よかったのだろう。