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昼過ぎに祖母の容体が急変して、両親と病院へ向かった。午前の検診では何事もなくいつもの様子です、との報告を聞いていたので、驚いた。嘔吐を繰り返しているが血圧などは問題ない、といった電話の2分後に呼吸が止まってしまったので今すぐ搬送先の病院に来てください、と連絡があり、電話越しの声の後ろ側では27,28...!と数を数える人たちの声が聞こえて、まずいと思い、病院まで急いだ。胸のあたりがざわざわして、いよいよだと思い、深呼吸をした。わたしの頭の中はパニックで涙も止まらないし、過呼吸になるし、そのままお腹も壊して手間を取らせてしまった。

そうこうしているうちに、再び電話が鳴った。「心臓マッサージをこれ以上続けると、胸部の骨がゆがんでしまいます。止めてもいいですか?」と聞かれた。「はい」と言って父は電話を切った。

情けない。猛烈な吐き気のなかで、やるせなさに涙がまたボロボロと垂れた。もう大学を卒業するというのに、肝心な所で体調を崩す自分があまりにも大人げなくて情けなかった。もし、父や母の体調が今の祖母のようになった時、こんな状態になってしまったら、どうしよう。恐らく、わたしは一生自分の事を許せなくなってしまうだろう。

何とか病院にたどり着いて窓口に声をかけたら、何人かのスタッフが死亡届について話していた。間に合わなかった。私たちが到着したころには、祖母の身体は真っ白で、ガリガリで、やせ細り、何人かの医師がドタバタとする中で、時間が止まったように停止している状態だった。表情は苦しそうだったり、穏やかだったりするわけでも無く、ただ動かなくなってしまっているだけのようだった。

姉が祖母に声をかけ、手を握り、頬を撫でた。わたしはそういった声掛けやケアが出来なくて、ただその様子をじっと見つめていた。姉が泣きながら祖母に声をかけ続けた。「頑張ったね、頑張ったね。大変だったもんね。こんなに細くなっちゃったものね」

姉が祖母とコミュニケーションをする様子は、ますます、祖母は亡くなってしまったのだという事実を現実的なものにした。

祖母について覚えている事があまりない。お正月に遊びに行って、きれいに飾られた色とりどりの着物や、一緒に食べたインスタントのお吸い物の事とか、せっかく買ってきてくれたものに幼い時の私が文句をつけてしまったり、そういうことくらいしか思い出せない。ここの所、何度も記憶の中に祖母とのやり取りを思い出そうとしたが、家と部屋の構造以上に鮮明な記憶は今述べた事しかなかった。

祖母は何を考えながら亡くなったのだろう。沢山の人たちに声をかけられて、幸せに天国へ行くのが理想的なのかもしれないが、それは周りの人たちとの思い出や過去を想起できるから、幸せなのであり、祖母はそうではなかった。じゃあ一体、私たちや先に亡くなった祖父の代わりに、最後に何を思い浮かべたのだろう。

いつから想起できなくなったのか、いつまで思い出せたのか。でもいつか、色々なことを思い出せなくなる日は来てしまう。『現在に生きて過去を思い出すのは』『年寄りのする事』かもしれないが『歳を取ったら過去を思い出せなくなる。若いうちにしておく。過去の人生がひとつの弧を描いてて、出来事が次の出来事に繋がっている、一本の線だ』

年を取って、一本の線を描けないまま、ただ自分がそこにいる、何故かはわからないし、思い出せない。人とのつながり、自分のしてきたこと、過去とのつながりを失い、そこにぽつんと存在する点のような状態になる事が、死を通して、何よりも怖いと思った。