冷静と失禁のあいだ

死ぬまで踊り続けるマグロさんの話

母の日

先日は母の日だったので、初給料で祖母にプレゼントを贈るついでに母の日のプレゼントを購入した。生憎、カーネーションは、学校帰りの学生たちが行列をなしていて買うことができなかった。私が買ったのは紅茶。本当についでくらいの品で、紅茶一パックとクッキー一枚が大袈裟に包装された500円以下のしょぼいものだ。けれど、母はそれを受けとると、ぱあっと顔色を明るくして喜んだ。「これはずっととっておいた方がいいのかしら!」と、新しいおもちゃを与えられた子供のように喜んでいた。その様子を見て、本当に喜んでいるということがわかると、心から申し訳なく思い、そして罪悪感が生じた。

ここまでわたしは母親を放置し続けてしまい、母になにもしてあげられないでいたんだ、と。本当に、こんな些細でちっぽけなもので喜んでしまうくらい、私は母親に溝を作らせていたんだと気付かされた。

そのあと、申し訳なさすぎて部屋でひとり、泣いてしまった。わたしは母親に「ありがとう」と言われても「どういたしまして」と返事をしてあげられるほど素直になれない、母と同じような溝を持っていた。

リビングに置いてある、綺麗なお菓子の缶の中に、紅茶のパッケージのビニール袋が丁寧に保管されていた。中身のない、ただの破れたビニール袋なのに大袈裟だ。バカじゃないかと思った。クッキーも同様に割れないよう、きちんと保管されていた。あのまま腐ってしまうんだろうなと思った。