私から見たら皆さんも白河ことりだということ

箸休めの自分の話です。この記事は「こじらせと自分語り」がテーマなので最後まで自分のことについて書いてます。

理解とは誤解の総体である。

そんなことを村上春樹が書いていたね。

 

私が生きづらさを感じ始めたのは、幼稚園の頃である。

それは突如としてやって来たのだ。

ある日のこと、私はいつものように眠るため、両親と布団に入った。そして、それは唐突に起きる。目を瞑って、いざ入眠、というところまできた瞬間だった。

「あれ......?いつもどうやって寝ていたっけ……?」

ふと、疑問に思い、しかし、これといった解決策もなく、そうして1時間、2時間と過ぎていくと、両親はすやすやと寝息を立たせ始めた。

 

――睡眠って何のためにあるのかな?

――寝方ってどうすればいいのかな?

 

今まで自然に出来ていたはずのことが出来なくなっていた。

とりあえず、見様見真似で布団の中で、ぐっと目を瞑ってみる。

すると、 

どくん、どくん、どくん

という音に、私の世界は包まれた。

 

当たり前のことだが、目を瞑ると、視界は真っ暗になる。世界の境界線が曖昧になり、心臓の音が、暗闇の中から、のそのそとやってくる大男の足音のように聞こえて、不安が募っていった。

 

そして、得体の知れない恐怖を抱いたまま、朝を迎えた。

 

――こうして私は僅か5歳にも満たないうちに、不眠に悩まされることになった。

 

それから、私は寝ることが苦手なまま成長していった。

 

あんまりにも時間を持て余していたので、夜遅くまでマンガを読んで時間を潰し、寝落ちするまで何かをして過ごしていた。そのせいか、当時2.0もあった視力は0.1まで落ち込むことになる。

 

小学1年から中学の終わりまで1年に2回参加したキャンプでは、3日、5日という宿泊期間をほとんど寝ずに過ごした。寝ずに、5日間、朝から晩までスキーをすることもできた。今じゃ絶対に不可能だ。また、この期間はいくら食べても、ろくに排泄ができなかったことをはっきりと覚えている。家に帰るとふっと緊張が抜け、通常通りの排泄が出来るようになるのだ。

 

そして、不眠の次にやってきたのは、悪夢だった。

omaega-shine.hatenablog.jp

 

悪夢を見るようになったきっかけも、幼少期の体験が原因かもしれない。今思えば可愛らしい出来事だったのかもしれないが、当時の私にはかなりのインパクトがあった。

その体験とは、

幼馴染の家に行ったら、幼馴染の母が大のカルト映画好きで、『エイリアン』シリーズをみていたので、私もしょうがなくこれを見た。

というものである。

幼稚園児の私は、『エイリアン』の映像の恐ろしさに、ただただ圧倒された。

観賞した日、私は真夜中に叫びながら起きた。唸り声をあげ、泣きながら悪夢にうなされる様子を見て、両親がびっくりしていたことを今でも覚えている。

 

『エイリアン』シリーズに関しては、いくつか劇場で見た覚えがある(と思う)。その幼馴染も、母親同様、カルト映画にハマっていたのだ。

 

そして、悲劇が起こる。

 

私は、幼馴染とその母親に連れられて、再び、無理矢理見させられた。正確には、私はポケモン映画のエンティが見たかったのに、あろうことかじゃんけんに負けたせいで再び、強制的にエイリアンシリーズを見させられることになった。

 

自身の『エイリアン』シリーズへの理解が深まるたびに、私の悪夢はどんどん悪化していった。また、当時放送されていたERも親や幼馴染の母親がハマっていたせいで見ていたが、(家が狭すぎて逃げられなかった)腕が吹っ飛ぶシーンや、なかなかグロテスクな展開があり、私に映像としてのトラウマを生みつけていった。

 

この悪夢をみたことがきっかけとなり、日常的に悪夢に悩まされる日々が続いた。

 

当然、不眠はひどくなった。

 

上記のブログ記事にも書いたように、私の悪夢は、夢を現実のように体験してしまうリアルな内容だった。こうして、毎晩眠るのが怖くなった。眠ると夢の中でエイリアンの世界に連れてかれ、恐ろしい目に遭うからだ。エイリアンだけでなく、ニュースで見た殺人事件や、電車の中で経験した痴漢など自身のトラウマとなったことが永遠に夢に出現し、何度も経験させられた。夢では、夢の中で死ぬまで(または印象的なエピソードの再生が終わるまで)、起きることができない。怖いし、何より痛みがあるし、本当に苦痛だった。

こういった現象が、現在まで続くことになる。

 

まともな睡眠が取れないとどうなるか。行動に異常をきたすのだ。

睡眠がまともにできず、恐ろしい夢を見るというストレスを共有出来ないまま、誰にも理解されず、私は勝手に一人でいらいらして、めちゃくちゃな学生時代を過ごし、小学生~中学の期間はほとんどいじめを受けて過ごした。少し苛立った出来事でも忘れたり、水に流されたりするものだが、夢の中で再生されてしまうので、全く関係ない時に思い出してはイライラしていた。イライラしては他人に当たり、大変見苦しい行動をしていた。

 

いじめについての相談に乗ってくれた友達に愚痴を零すと、話した内容が手紙回し(授業中、紙切れにメモを書いて渡すやりとり)に書かれて筒抜けになったり、なぜ嫌がらせをされるのか理解できなかったから「どうしてこういうことをするの」と書いた手紙をいじめの首謀人物に渡したら、目の前で破り捨てられ、そのままゴミ箱に入れられたり、消しカスを授業中に、背後から投げられて笑われたりと、クラスのみんなが敵で、とにかく辛かった。

 

やってないことを自分のせいにされて、下駄箱に『死ね』と書かれた手紙が入れられていたり、上履きはお茶がかけられて水浸しになったこともある。そういうことが毎日起きたが、私はインフルエンザでしか学校を休まず、毎日学校に通った。勉強は全く頭に入ってこなかった。成績はどんどん悪くなり、高校に上がれないぞ、と担任から呼び出しを食らうまでに落ち込んでいた。成績表には、5段階のうちの2(1が落第)がいっぱいついていて、アヒルちゃん天国だった。

 

本当はここで勉強に逃げるべきだったと、心底後悔している。勉強で見返せば良かったのだ。

 

だけど、中学3年生にもなって小学校で学んだこともほとんど身についていないような学生に、今更「よし、勉強で見返そう」なんて気は一切起きなかった。

 

 挙句の果てに私が逃げた場所はインターネット、趣味の世界だった。

 

会話する相手も少なかったことから、私はゲームにハマった。

それも普通のゲームではなく、ギャルゲーである。ブックオフで初めて買ったギャルゲーが『ダ・カーポ』だった。これが死ぬほど面白かった。可愛い女の子が私に優しくしてくれて、私に惚れ、会話をしてくれて、結ばれて、ストーリーが完結している。以降、私は物語に没頭することになる。

 

たまに人から本を多く読んでいることを褒められるが、断じて私は文学少女ではない。本物の文学好きに失礼だと思う。これは、私が文学史には全然魅力を感じない上、ギャルゲーが面白すぎて、物語に魅力を感じ、その延長線で読書に没頭しただけだからだ。

 

文学史が細かく掲載されている常用国語便覧は、面白い作品の情報が載っていたりするので、情報誌として読みふけっていたが、○○が××と同人誌を作り、△△派というものが確立された、などといった歴史っぽいことはさっぱり興味が無かった。暗記することもできなかった。正直言って、クソどうでもよかった。

 

このあたりから、狂ったように本を読んだ。多い時は月に60冊ほどの物語に没頭した。並行して、ギャルゲーとアニメにもハマり続けた。

 

当然、授業中にも読書をしていた。

先生の話よりも本のが完結していて、なによりも物語があったからだ。

授業中に本を読んでいると怒られるので、仕方なく国語の教科書をめくった。

衝撃的だった。

予想外に面白かったのだ。私は授業そっちのけで、教科書に載った評論や小説を読みまくった。そうこうするうちに、国語の授業にようやく身が入るようになった。

すると、国語の成績が2から4まで上がった。それでも授業はクソつまんなかった。山のように課された読書感想文の課題と、作文、授業中に課される小説の創作だけが楽しかった。その後私は先生のすすめで文芸部に入り、毎月のように小説を書きまくった。そして、ちょっと大きなコンクールで賞を貰った。大きな講堂で表彰され、メディア報道人にバシャバシャ写真を取られ、食事会でもてはやされ、有名な作家に作品の感想をいただいた。

 

気づくのが大分遅かったかもしれないけど、私は評価に興味がなかった。褒められても、貶されても、何も思わなかった。生まれちゃった作品は、自分の子供のように大事だが、あくまでも自分から分離していった何かに過ぎない。自分の手を離れた作品というものに、一切興味や愛着が続かなかった。

また、小説を通して伝えたいことなんて何一つとしてなかった。ただ、その時フラッシュするように鋭く、強く感じた何かについて、ありったけの感情を込めて書くことだけが楽しかった。

思ったことをどれだけ評価されても、その内容がどうであれ、自分の方向性を変える気はさらさらなかった。ただその時一番書きたいものを、納得いくまで書いていたいと思っていたのだ。

 

大学に入って、サークルクラッシュ同好会(全く貢献していない、会誌に寄稿くらいしかしてない)やらなんやら色々なサークルを見たり、人に出会ったりして、他人が持っている物語を回収していった。

のぞきをするように、他者の深淵に触れるのが大好きだった。

本当は親密にならないと開示されない情報を、親密にならなくとも知ることができる。なんだか、エロゲーでいう、イベントCGをチートして回収率を100%にしていく作業みたいだ。だから人間関係は殆ど失敗した。

人間関係を、関係を持続させることに興味が無かったからだ。物語としての他者にしか興味を持てなかった。

だから人を傷つけることも沢山あったと思う。いろいろなことが面倒になったり、その人自体を大事にしてあげることができなかった。私には、その人が、どういう理由で、そういう行動を選択し、こういう結論、結果に至った、そういう情報だけでお腹いっぱいになれたし、十分だった。

本当に数少ない幼馴染や友人はとても大事で、不思議なことに関係に、興味が持てた。なんでだろうね。

ある幼馴染の女の子は私とは全く異なる思想を持ち、「人間関係を大事にしろ、その人と関係や縁を持ったことに対して責任を持て」と話す。

私は彼女の思想や考えが大好きで、人と関わる時の姿勢も好きだし、人としても本当に尊敬している。一方で、私はあっさりと人間関係を切っていく。

私と彼女はお互いのことを理解していないはずだけど、仲良くし続ける事が出来ている。(もし裏で何か言われていても、一方的に尊敬できるくらいだ)。

 

いつだって私は一方的にしか物事を捉えることができない。

行き過ぎた共感や受容の先には誤解しかない。

だからこそ、一線を引いたり、超えたりする尊敬が私には必要だった。尊敬もある意味で同化しないための線引きであるような気がする。また、物語も自分とは完全にかけ離れた対象に過ぎない。私は、どちらも同じ位好きだ。

 

もうじき2017年が終わる。 2017年も何人かの人を失った。

 

面倒くさい体質と、人格を抱えながらも、私は数少ない友人と、大好きな本やエロゲーやギャルゲーがあるから何とかなっている。

その友人たちがいなくなってしまっても、私は大丈夫でいられるのだろうか。ふと、不安がよぎる瞬間も、絶え間なく続いている。

だけれども、ベッドの横で微笑む、一方的な彼女の存在がいつも私を励ましてくれる。

 

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――白河ことり

 

パッケージから、外側にいる他者(私)に向かって無言で微笑む存在。無言の肯定。

これでいいのだ、と思いたい。

これで、十分だったのだ、と。

少なくとも、私には。