主治医が亡くなってしまった

身内の人間を亡くしてしまったかのような衝撃を受けた。高校時代から7年近くお世話になった精神科医だったがゆえに本当に悲しくて残念だ。立ち直れないかもしれない。あんなに良い医者はいないと思う。精神科医というのは、テレビに出ているような神の腕を持った名医などの分かりやすさが無く、患者とラポールを形成する必要がある。患者が医師を信頼し、何でも打ち明けることが出来て、患者が自ら自然にふるまえる関係を築かないといけないのだ。患者がどこがどうでどのくらい悪いなどと適当に嘘を吐けば、目に見えない心のことなので、薬は大量に処方されるわけだし、医師だって患者から金を奪おうと思えばいくらだって奪うことができるはずだ。実際、某有名な精神科医は大量に薬を処方するヤブ医者で有名である。それくらい精神科医で良い医者を探すのは大変なのだ、患者側としても藪から棒に薬を処方して薬漬けにしてほしいだなんて微塵も思わないし、自分が一刻も早く良く分からない症状から解放されたくて精神科に通うのだ。精神的に不安定だという状態でありながらも、こちらも強い理性をもってして医者を見ないと、薬漬けにする医者にあたる可能性だって低くはない。というか高い。そんなご時世で時間もなく余裕もない病人が強い理性と意思を持って理想の精神科医を探すのだ。私は本当に運が良く出会うことができた。結婚相手を探すくらい難しいぞ。いつも30分も時間を取ってくれる上に、号泣しながら病院に行っても冷静に取り合って話を聞いてくれたし、そのおかげで、多かった薬も徐々に減り、悪夢を見る回数も減り、殆ど寛解に近い状態になっていた。感謝してもしきれないくらいお世話になった。勿論、私の体調が以前よりも良くなったのは、両親や友人に支えてもらったり、職場の人が親身になってくれたおかげでもあるが、先生はまさに友人や両親に近いくらいの重要な信頼関係を築けた相手だった。病院に足を運ぶと、事務の方々が山のようなカルテを処分しており、泣きそうになってしまった。私や他の患者の人たちと先生がやり取りしたことすべてが処分されてしまうのだ。最近就職した私は体調を崩して内科にかかり、その院内の紹介で精神科医にあったが、教科書的な診断をくだされた。先生はその診断に対して「診断の判断はあってはいるかもしれないけど、あなたがここまで頑張ってこれて、徐々に良くなってきているのを知っているから、診断書に書いてある通りの対処法をするのはちょっとちがうんだよなあ」と言っていた。

ついこの間のこと。先生が体調を崩した際に、病院に通う患者の人たちが「先生にお大事にしてくださいとお伝えください」、「先生は大丈夫なんですか。心配です」と言った言葉を事務の方々に伝えていた。この光景をみて、やっぱり先生はきちんと患者と信頼関係を築くことができている名医なんだなあとしみじみ思った。先生が亡くなったのは、その矢先の出来事だったので本当に悲しい。事務の方々にもすごくよくしてもらい、「本当にお世話になりました」と短くお礼を述べたが、本当はそんなもんじゃたりないくらいの感謝の気持ちと、言いようのない悲しい気持ちでいっぱいになっていた。感情をうまく表現できない私は、人が亡くなった時の決まり文句を、普通を取り繕って伝えてしまい、帰り道をボロボロ泣きながら歩き、ひとつテンポの遅れた気持ちを連れて病院を後にした。